(2003年5月)
陽当たりが悪いためか、札幌で一番最後に咲くのではないかと思われる桜が、庭にある。
もう20年も前に、松前から買ってきて、植えっぱなしにしてある八重桜だ。街ではライラックの香りがしはじめているというのに、こちらはようやく花びらを落とし始めた。
市長選挙がはじまったため、法律で規制されて朝の街頭演説ができない。習慣で目覚めてしまう早朝、宙に舞う花びらに見とれていると、不思議なものが目に飛び込んできた。
数枚の花弁が、地上70センチほどのところで、ゆらゆらとしているのである。「な、なんだ、これは!」
私たちは自然界の摂理を、むつかしいことを考えることもなく、ごくあたりまえに受け入れている。
別に、万有引力の法則を知らなくても、物は上から下に落ちることを、小さな時から見てきた。その常識が否定されるのだから、これは驚く。
「なんだ、これは!」となるわけだ。
場所を変えて見直すと、家の外壁と垣根の間に、うっすらと蜘蛛の糸が張られているのがわかった。子どもの蜘蛛なのだろう。見るからにかぼそい。罠にはまったのは、虫ではなく、春の終わりを告げる桜だった。すいたばかりの和紙のように弱々しい花びらは、しかしビタッと張り付いているわけではなく、周囲がふわっとまるまるような立体感を残している。妙に生々しい姿ではある。
命を吹き込まれ、まるでモンシロチョウとして生まれ変わったように、活きいきと揺れている。
そうだ。お祭りの縁日などで、紙でつくった人形がピョンピョン踊っている、あの仕掛けと同じである。
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高橋はるみ道政がスタートし、民主党は久しぶりの野党となった。
与党としての20年間は、その立場がいつまでも続くものと錯覚させるのに十分な長さだったかもしれない。まるで、「花びらは舞い落ちるもの」と思いこんでいるのと同じように。
だが、現実はは一夜にして変わった。
「落ちない花びら」に、どう対応するか。驚いているだけでは、すまされない。「自主自立の北海道をつくろう」というテーマは、野党になったこれからも、少しも変わってはいけないからだ。
万有引力の法則に代表されるニュートン古典物理学では、宇宙の謎に迫りきれなかった。だが、その後登場したアインシュタイン博士の相対性理論や、最近のブラックホール発見は、宇宙誕生の数秒前の世界にまで、言及しようとしている。昔の理論では、想像すらできなかった領域だろう。私たちは、「神」をもおそれぬ自然科学の最先端に生きている。
それでもリンゴは、古典力学に忠実に、木から落ちるのである。