HOSHINOTAKASHI


おひたしの季節 (2002.6/17)

 初夏の気持ちいい風が吹く頃、まるで熱帯植物のように元気よく、葉を繁らせるコルチカム。恐らく虫も歯が立たないのだろう。雑草のような逞しさで、周囲を圧倒する。

 十年以上前、千葉にいる弟からもらって、埋めっぱなしにしてあるユリ科の植物だ。彼女は盛夏が近づくと、それまでの元気はどこへいったのか、急にしおらしくなる。まるで、ナベいっぱいのほうれん草や小松菜が、あれよあれよと言う間に縮んでしまうのに似ている。そんな、おひたし状態を経て姿を消してしまう。


 夏が終わり、そこに何があったかを人々が忘れかかった頃、堅く乾燥した土を割り、「にょきっ」という感じで、彼女は顔を出す。葉があるわけではない、紙のストローのようなか細い茎があるだけだ。ちょっとした風でもすぐに折れ、朽ちてしまう、そんな可憐な花が人知れず咲く。

 ピンクとも紫とも言えない、その花弁は、とても無防備だ。
 葉が終わったあと、球根を掘り出し、机の上にころがしておいても、可愛い花をつける珍しさが喜ばれるらしい。

 日曜日の朝、朝刊をまちながら外に出て、うなだれ始めたコルチカムを発見した。「もう、こんな季節になっていたんだ。ついこの前、山の雪が消えたばかりなのに」。ひと花咲かせるため、土の中で、長い眠りに入る準備をしている彼女を見ながら、季節の流れを感じる。

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 さて、知事は任期二期目の総仕上げに入った。女性副知事の登用、日高横断道の建設見直しなど、次々と新しい姿勢を打ち出している。道民投票制度の導入についても、一定の見解を示す時期は近い。
 不正経理や住宅公社問題など、負の遺産処理に多くの時間を費やしてきた堀知事は今、美しくも可憐な花を咲かせる準備中なのだろう。

 コルチカムの花言葉は、「華やかな美しさ。かなりの負けず嫌い」である。
 おひたしの季節を乗り越え、苦労などと言う言葉さえ知らない貴族のように、見事な復活を果たすところからきた意味だろう。


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