HOSHINOTAKASHI


カラスの逆襲(2000.12/11) 
  網走の友人Kさんが、カラスの糞攻撃を受けた。もちろん命に別状はないが、背広、ネクタイ、ワイシャツと見事に被弾。自慢のフェラガモネクタイが、一瞬にしてフンガモネクタイに変身。
  問題は「事件」発生の時刻である。忘年会の会場に向かう途中だから、六時少し前であった。

  昔カラスは、夕方になると山に帰っていった。「カラスが鳴くから、かーえろ」と言いながら、子どもたちは友だちと別れる。童謡にも、「カラスは山に、七つの可愛い子がいる」ことになっている。
  もちろん今でも、ほとんどのカラスは山に棲んでいる。陽が落ちるころ、空が真っ黒になるくらいに群をなして、彼らは西の空に向かう。

  ところがいつの頃からか、街路樹に巣をつくるカラスが現れはじめた。理由はいろいろあるのだろうが、生ゴミが散乱する都会は、彼らにとって居心地がいい場所であることに違いない。

  人間社会に新しい悩みが生まれた。まだ例は多くないが、カラスが子どもを襲ったりするのだ。カラスはとても頭がいい鳥として知られている。卵のある巣に石を投げたのが、男か女か、大人か子どもか、判別できるらしい。翌日、カラスは自分の「可愛い子」にいたずらをした「犯人」を捜す。頭がいいといっても、個人を特定するまでには至らないので、仮に前日石を投げたのが子どもだったら、すべての子どもが「犯人」に見えてしまう。そして攻撃するのである。

  人は街に、カラスは山に、という棲み分けが崩れ始めているのは、他でもない、人間が招いた結果だ。
  ゴミ収集日の前夜に生ゴミを放置するのは、カラスに餌付けしているようなものだ。食べ残したハンバーガーをポイ捨てするのは、カラスをおびき出しているとしか思えない。

  ところで網走のKさんは、子どもの頃、かなりヤンチャだったようだ。当時、竹やりでいじめたカラスの子孫に、逆襲されたのかもしれない。

網走の鰹谷道議が、「カラス」をテーマにエッセイを書いています。比較すべき性格ではありませんが、「カラス」というキーワードから、違う人間が何を連想するか、という興味はあります。
鰹谷氏の「カラス」へ。

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