HOSHINOTAKASHI


まっすぐ走る自転車(2000.11/20)


 東京の調布に、神金(JINGANE)という自転車屋があった(今もあるかもしれない)。
  高校生や大学生を中心として、サイクリング好きな仲間が集まるサロンのような店で、そこはまるで、時間が止まったような、あるいは飛んでいくような場所だった。甲州街道を自転車で向かいながら、「今日は何があるかな」と、ワクワクしたものである。
  フレームをオーダーメイドするものもいれば、店の工具を勝手に持ち出して、自分の自転車を改造する少女もいた。ブルックス(イタリア)製のサドルが欲しくて、アルバイト代を何度も数えたり、軽合金で出来ているリム(車輪)と変速機を物々交換したり、今から思えば他愛のないことに、当時、僕は夢中だった。

  ある時、店のオヤジが、「まっすぐ走る自転車をつくってみないか」と言う。彼の言葉が理解できず、「自転車はまっすぐ走るもんでしょ」と応えると、オヤジは、笑いながら言うではないか。

  「普通はそう思われている。買う奴も、造る奴も、売る奴もだ。何もわかってない奴らの言うことだ。自転車のフレームは、0.1ミリ単位で芯が狂うと、完成しても蛇行する。乗っている人間が無意識に調整しているだけ」

  子ども心に、「プロに出会った」、「本物に触れた」と感動したことを覚えている。

  ところで、30年前につくった「まっすぐ走る自転車」は、ガレージの片隅でほこりをかぶってはいるが、今だ健在である。


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