HOSHINOTAKASHI


天の川を知らない子どもたち

 天の川を見たことのない子どもたちが増えている。
 都会から闇がなくなり、星の数は、めっきり減ってしまった。

 智恵子は、「東京には空がない」と言ったらしい。しかし、少なくとも四十年前の東京には、「空」があった。小学生の頃、晴れた夜空にくっきりと流れる天の川を、私は何度も見た。

 小さかった時を別として、感動的ともいえる天の川に、私はその後、三度出会っている。

 一度目は、大学時代。千葉県外房にある、高校臨海寮で合宿をしたときのことだ。満潮時には隠れていた海岸のトンネルをくぐり抜けると、そこには近隣の漁村と高い岸壁で遮断された漆黒の世界が広がっていた。懐中電灯を消すと、自分の足下さえ見えない。
 隙間のない星たちが降り注ぐ、あのあたりが水平線なのだろう。
 見上げると、夜空を二分するように横たわる天の川。ミルキーウェイとは、よく言ったものだ。

 二度目は、二十代後半。後志管内泊村と古平町を結ぶ当丸峠でのことだ。運転をしていた仲間に頼んで、しばし見とれた。日中でも恐ろしい峠にいることを忘れ、車のライトを消し、次々と流れていく星たちに、我を忘れる。くっきりと姿を見せる天の川。地球が銀河系の辺境にあることを想い知らさせた。

 三度目は、四十代後半(つい最近)。奥尻島でのことだ。二十年ぶりの天の川。復興後の島を視察した折り、思いがけずの再会である。光があふれる中、彼はもう姿を消してしまったと思っていた矢先の出来事だ。「自然はいつも水際だっている」という梅本克己の言葉が浮かんだ。

 天の川が、姿を消したのではなく、それを見ないように、あるいは見えないようにしてきたのは、人間の側であった。
 人間の所業なんて、大宇宙にとってみれば、とるに足らないのだろう。人間が何をしようとしまいと、関係なく、時空はそこに横たわっている。

 核分裂という、現時点では踏み込んではいけない領域に手を染めた人類は、その後始末に汲々としている。もし神が存在するなら、自滅していく人類を、苦笑いしながら眺めているに違いない。

 心静かに、天の川と一体となれる、そんな体験を子どもたちにプレゼントしたいと、心から想う。

HOSHINOTAKASHI