HOSHINOTAKASHI


赤信号、一人で渡って大丈夫
  「このカステラ、カビが生えてるけど賞味期限が切れてないから食べようね」―こんな会話は、いくら生活のマニュアル化が進んでいるとはいえ、今のところまだ聞かれない。
  では逆に、「賞味期限は切れてるけど見た目は悪くないし味も大丈夫だから食べようか」―これはこれで、なかなか勇気がいる。賞味期限とは何か。おそらく合成保存料の有効期限のことなのだろうが、それについての知識や情報に疎い僕らにしてみれば、メーカーの言うことを鵜呑みにせざるを得ないのが辛いところだ。
  昔は賞味期限の代わりに製造年月日が記載されていた。よく考えれば大して変わりは無いのかもしれないが、それでも造られた月日から類推して、「食べるべきか否か」は個々の判断によっていたのである。

  豊臣秀吉によって庶民の帯刀が禁じられて以来、どうも日本人はお上の命令に従って生きるということに慣れすぎてしまったのではないかと思う。「厚生省が安全だと言うから、安全に違いない」―これではそのうち、賞味期限内の腐ったものを子どもに食べさせる母親が出かねない。

  欧州のパリやロンドンでは、紳士淑女を自認する人々が平気で信号を無視している。あまりにすごいので、現地に住んでいる日本人に尋ねてみた。彼女の答えは明快であった。
  「星野さんは信号が青だからと言って、暴走車が突っ込んでくるのが解っていても渡りますか。私には、車も走っていないのに信号が赤だからと言って、じっと待っている日本人の行動の方が理解できませんね」

  欧州合理主義というか、徹底した自己責任を貫こうとする国の生活感覚に触れた一場面であった。

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