HOSHINOTAKASHI


二次会は、イタリア人と (2001.4/24) 


 
バイトで買ったキャラバンシューズにザック。初めての山登りだ。夜明け前の山道は、まさか狼ではないだろうが、獣の鳴き声などして、決して気味のいいものではなかった。電灯で照らし出す前方はおろか、後方にも、まったく人の気配はない。夜露で湿った足場を踏み外せば、沢に転落だ。

  「おーい、もういいぞー」僕が叫ぶと、暗がりから彼が出てきた。山岳部メンバーの「プロ」である。
  何のことはない。昔、「単独登山の雰囲気を味わいたい」と、無理矢理、頼み込んだ時のことだ。

  彼が札幌にやってきた。甥っ子の結婚式だという。当然のように二人で酒を飲み、片方が忘れている記憶を、もう一方が思い出させることを交互に繰り返しながら、時を過ごした。

  彼はあるメーカーの開発部にいて、「オモチャ」を創っている。二十年くらい前に酒を飲んだとき、「だめだ。学校出たての若い奴らにかなわない」と愚痴っていたのを思い出した。
 そこで今回、「中年エンジニアに、出番はないんだろ?」と、ひやかしてみた。

  意外にも彼は、「そんなことはない」と、胸をはった。そればかりか、「どんな学校でも、トップから十番くらいまでは、使えない」と断言するのである。

  理由はこうだ。
  学校の成績が良かった者は、確かに勉強はする。出世のために仕事もする。目の前の具体的目標をクリアーするため全力を尽くす。
  その結果は、ある意味ものすごいものがあるが、それ以上ではない。立ち止まって、周りをみながら、ボーッとすることのない人間にオモチャはつくれないというのだ。

 今回イタリア各都市をまわって、イタリア人と日本人の気質の違いを感じた。自らを癒し、楽しむことをイタリア人は知っている。それに比べると日本人は、ドイツ人とも似て、総じて生真面目だ。
  日独伊の三人の商社マンが食事をしたが、話が合わないと言って、二次会は日独だけでやったという、逸話も耳にした。
  日本人の堅実さが、驚くべきスピードで戦後復興を可能にしたことは間違いない。

  だが、物が余りだした今、もう一つの生き方、つまり気持ちを癒すことに視点をうつした生き方を、そろそろ見いださないといけない時代がきている。

  彼の上司が開発した「アイボ」が品薄になっているのも、その辺の事情だろうか。

HOSHINOTAKASHI